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ども。

こないだちょっとぶりに「帰筑」してきた。
目的はかつて所属していたNGOが企画・運営するコンサートに、
後輩の頑張りと、知り合いのピアニストの演奏を見るため。

コンサートはチャリティーと世界の飢餓貧困の現状を知ってもらうことを目的としており、
毎回テーマを掲げて企画を行っている。
今年のテーマは
「当たり前ってなんだろう」
というもの。

途中からの参加だったが、
客も結構入っていたし、後輩たちがいろいろ工夫を凝らしているのも垣間見えて、
かなりよくできたコンサートだった☆
友達の約束を泣く泣く断って、かつ2時間かけて行った甲斐はあったかな。


その後、まだ在学中で現在もメンバーとして所属している学科の友人と
最近の活動の様子なんかの話を聞いた。


そのとき熱くなった話題が「当たり前」について。
当たり前といっても、今回のテーマに絡んだ飢餓・貧困に関する当り前ではなく、
組織や人間関係における「当たり前」の話。





てなわけで、今日は「当たり前」という切り口で勝手に考えてみる。

その友人と言っていたのは、
2つ下の後輩くらい(いわゆる○○○世代)になると、
うちらの「当たり前」は通じなくなるのかなってこと。


うちらの「当たり前」と違う点として、そのとき挙がった点の一部がこれら↓


①先輩や他の仲間に相談・協力依頼 → 先輩が時間を割いて丁寧に対応
 → にもかかわらず感謝の礼などは一切なし。

②忙しいことが素晴らしいとかかっこいいとか思っている。そんな自分に酔っている。
 結果、自分で何でもやろうとする。

③人の話を聞かない。かつ、平気で他の人が話しているのを遮って
 自分の話(時に全く流れと関係のない話)をしようとする

などなど・・・


一概に世代では分けられないとは思うんだけどね、
学生時代の同級生や今の同期でもいるしね、実際。
まあどっちが正しいかは人それぞれの感覚によるしさ。


でも俺もその友人も、

先輩や友人が自分のために時間を割いて協力してくれたのなら、
 それにお礼をするのが「当たり前」。

過剰な忙しいアピール→自分のキャパが狭いことを露呈→愚か
 自分で抱え込む→仕事の効率性悪化+周りがフォローやリカバーしにくい
 
 忙しいことはむやみにひけらかさない。
 自分が上に立ったら、周りと協力したり、分担をするのが、「当たり前」。

話の流れを遮ってまで自分の話をしないのが、「当たり前」
 自分の話をちゃんと聞いてほしいのなら、相手の話をしっかり聞くのが「当たり前」。
 

という考え方で同意。
「こういうの(~)って当たり前じゃないのかな~」
と思ってるうちらは、①~③みたいなことが不思議に思えたわけです。


友人と話し終わったあとも、帰りとかなんとなくこのことを考えてた。

そのときに自分なりに思ったこと。

「当たり前」のとらえ方が違うのは、
「個性の尊重」だとか、「成果主義」だとかという風潮の中で
協調性や思いやりといったものが欠けてきた、
もっと具体的には、

自分が人にされて嫌なことは相手にもしない、
一方で、自分がしてもらいたいと思うことは相手にもする


こういう風に考えない人・意識したことがない人が増えてきたのかなって思った。


僕自身、あらゆる場面で実際に実行できてるかと言われれば、多少自信がないところもある。

ただ上の考え方は、自分の中では基本的な信条。
それは、人は一人では生きてなどいけず、
誰かしらとの関係の中に絶えず自分は身を置いており、
お互いに支えあって生きていくことが大事だと思うから。


まあ、この僕にとっての「当たり前」ももしかしたら少数派なのかもしれないし、
これ以上突っ込んで話すのはやめます。


こんだけ書いて結局わかったのは、
「当たり前」ってすごく難しい言葉だってこと。




なんなんでしょう、当たり前って。。。





※追記の追記

夏休み中予定されていた他社との会議は、夏休み後に延期☆
よかったvv

…もっと早く言ってくれればヤクシマ行けたのに…><;





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2008/07/07 Mon 23:28 | Top↑
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